出会い・その多様性

人との出会いは偶然なのか運命なのか考える時があります。
知らない人同士でも、何かのきっかけで知り合いになり、その関係がその後、継続している場合があります。
これなどは偶然が作りなす必然のように思えます。

たまたま出会った人が、自分の考えや生活・環境さえも変えてしまったとしたら、これはまぎれもなく運命なのでしょう。
すばらしい人に出会ったとき、人はこれを「運命の人」と呼びたくなります。
終わりのない継続を願ったりしますが、いつしか別れてしまうこともあります。

小動物であっても、「生き物は飼わない」という人がいます。
そういう人は決まって「死んだらかわいそうだから」と言います。
動物は確かにいつかは死んでしまいます。
でも、命のない茶碗や花瓶でもいつかは壊れてしまいます。
そのままの状態を保ち続けることは、この世には存在しないのです。

「動物は死ぬから」飼わないという人は、誰かと出会っても「続かないかもしれない」と言って、出会いを拒む人に似ています。
この世に永遠という言葉は存在しません。
食品にも「賞味期限」が存在するように、ものには「命」という賞味期限があります。
ものは期限切れになると、廃棄処分が待っていて、人間は死んでしまいます。

出会いに臆病な人は、この自然の論理を否定することになります。
たとえ否定しても、人の否定ぐらいでは自然の論理を変えることはできません。
永遠を望むあまり出会いに臆病な人は、永遠に近づけるように、人との出会いを慈しむように考えてはどうでしょう。
出会ってからの関係を壊したくないのですから、壊さない努力をしてみましょう。
そこから出発しなければ、何事も始まらないからです。

ネットを見ていると、出会いには「金持ちのほうが成功率は高い」ようだという書き込みを見つけました。
金持ちが札片を切って女漁りをする様子が目に浮かび、「これだと誰も勝てない」と思って記事を読むと、そうではなくなんとも倹(つま)しい内容が書かれていました。
低所得者層には、合コンなどに出席しようにも、会費や電車賃などを考えると、なかなかできそうもないという内容でした。
「地獄の沙汰も金次第」という言葉がありますが、所得格差もここまできたのかと、思わずにはいられませんでした。
しかし、同じページには、男所帯の会社で女っけ0の職場にいる人が、意を決してモバイルサイトから出会い系に申し込み、晴れて彼女と付き合っているという、うらやましい話もありました。
なんにつけても、行動を起こさないと、何事も前に進まないのですから、いろいろな機会を見つけて、果敢に挑もうではありませんか。

実際の職場でも、出会いの機会はないわけではありません。
女っけ0の職場もあるのに、女性社員のいる職場なんて恵まれすぎているといえましょう。
わりと男性社員は、同じ会社の女性社員には言い寄らないものです。
「男は近場で済ますな」みたいな鉄則?が支配しているからです。
それに男性社員は、うわさになりやすいのを敬遠する傾向にあります。
しかし、それはもったいないことです。
みすみす他の会社の社員に、取られる事になるからです。
それに同じ会社の女性社員に失礼です。
いつでもそばにいるので安心していると、取り返しのつかないことに発展する可能性があるからです。

 

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